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「新しい発見CDX2遺伝子との出会い」
自治医科大学在学中、この慢性胃炎から腸上皮化生の発生過程において、CDX2という遺伝子が重要な役割を果たしていることを幸運にも発見し、英文科学誌の巻頭論文として報告しました。本来、正常のヒトの胃には、CDX2 は発現が認められない遺伝子で、腸にしか発現が認められません。しかし、ピロリ菌に感染した胃粘膜には、CDX2という、腸で発現している遺伝子が異所性に過剰発現してくるのです。このCDX2を胃に過剰発現させたマウスをつくると、生後しばらくして、マウスに慢性胃炎が起こり、ついで腸上皮化生が生じ、最後には胃癌が発生することを報告しました。CDX2遺伝子の発現というものが、胃の粘膜から腸の粘膜へという「分化の変換の分子メカニズム」に大きな役割を持つ遺伝子であること、胃癌発生への誘導因子ではないかということが示唆されました。自治医科大学の研究室で深夜まで遺伝子を分析し、新たな真実を知った時の感動は生涯忘れられません。また逆流性食道炎でのCDX2の発現を示した免疫染色の写真は世界初のものとなりました。ピロリ菌に感染していない胃にはCDX2は発現していません。それに対し、ピロリ菌に感染した慢性胃炎の強い胃には高い頻度でCDX2が発現しています。ただし、ピロリ菌を早い年齢のうちに除菌するとCDX2の発現は下がり、腸上皮化生、胃癌の発生は下がると推測されます。
「結論」
慢性胃炎→萎縮性胃炎→腸上皮化生→分化型胃癌という胃癌へいたる道筋(シークエンス)を断ち切るためには、やはりピロリ菌の除菌が望ましいと考えられてきています。特に、胃十二指腸潰瘍の患者さんは除菌しましょう。除菌により潰瘍の再発がほとんど無くなります。以前は潰瘍はストレスが原因と言われましたが、ピロリ菌のいない胃・十二指腸には潰瘍はできにくく、逆にピロリ菌がいればストレスがかかると容易に潰瘍が出来やすいということがわかっています。胃癌を内視鏡で切除したことのある人は除菌することで、胃癌の再発率が有意に下がることが証明されています。胃ポリープ(その中でも腺腫というポリープ)が出てくるような人も、学会では除菌が薦められるという流れになってきております。特に近親者に胃癌にかかった方が居る人、胃癌の家系の人は除菌によりピロリ菌感染という胃癌の大きな危険因子を無くすことが必要だと思われます。また高齢になってから除菌した人で、除菌の時点で腸上皮化生の変化が強い人は、これまでの遺伝子変化の蓄積がすでに存在する可能性が高いので、除菌に成功しても完全には安心しないで、定期的な内視鏡検査は欠かさないようにしましょう。諸事情があり、除菌できない人で、慢性胃炎が強い人は、それだけ胃癌が出てくる可能性が高いわけですから、消化器を専門とする医師の目で、年一回の内視鏡検査を受け、早期発見、早期治療を心がけましょう。低塩分食、ビタミンC、緑茶(カテキン)も有効と言われています。特にピロリ菌感染と高食塩食が加わると、発癌率が何倍にも増えることが動物実験で確かめられています。ですから、ピロリ菌をもっている人が、しょっぱい物を食べ過ぎると胃癌になりやすいのです。また、他施設で除菌に失敗して困っている人もご相談ください。別の方法(二次除菌)による除菌療法も行っております。